2011年 3月11日(金)に発生いたしました
東日本大震災において被災された皆さまに
心よりお見舞いを申し上げますと共に、
一刻も早い復旧、ご復興をお祈りいたします。
藤原紀香や沢尻エリカの神社挙式(神前結婚式)で
一般の方にも身近になりました。
両親や祖父祖母さんもとてもお喜びになりますよ。
このサイトではそういうカップルをもっともっと増やすために
少しでもご協力できればと思っております。
東京都 穴守稲荷神社(大田区羽田)
■穴守稲荷神社
御祭神
豊受姫命(とようけひめのみこと)
社伝に云う。文化元年の頃(西暦1804年頃)鈴木新田(現在の空港内)開墾の際、沿岸の堤防しばしば激浪のために害を被りたり。或時堤防の腹部に大穴を生じ、これより海水侵入せんとす。ここにおいて村民等相計り堤上に一祠を勧請し、祀る処稲荷大神を以てす。これ実に当社の草創なり。爾来神霊の御加護あらたかにして風浪の害なく五穀豊穣す。その穴守を称するは「風浪が作りし穴の害より田畑を守り給う稲荷大神」という心なり。そもそも稲荷大神は、畏くも伊勢の外宮に斎き祀られる豊受姫命にましまして、衣食住の三要を守り給える最も尊き大神なり。吾等一日たりともこの大神の恩顧を蒙らぬ日はなく、実に神徳広大なり。
殊に当社は明治以来・・・。
神前結婚式をお考えの方はこちらもご覧ください。
2010年03月01日
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東京都 葛西神社(葛飾区東金町)
■葛西神社
創建の年代は古く平安時代の末期、後鳥羽天皇の元暦二年(1185)領主葛西三郎清重の篤信により上葛西、下葛西あわせて三十三郷の総鎮守として下総国香取神宮の分霊をお祀りしたものです。
当時この金町の地は、葛西御厨の神域にあり古来二十一年ごとに香取神宮宝殿造営の賦役をつとめた関係から、郷内の守護神としての働きもありました。
当社は創始以来・・・。
当社は始め香取宮と称しましたが、明治維新の際に香取神社となり、明治十四年葛西神社と改められました。
明治五年社格を村社に定められ同八年郷社に昇格されましたが、終戦とともに社格が廃止され、現在宗教法人葛西神社として氏子を始め崇敬者の尊信を専らにし、かわることなく今日にいたっております。
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2010年03月01日
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東京都 浅草神社(台東区浅草)
■浅草神社
推古天皇の三十六年三月十八日のことでした。
漁師の桧前浜成・竹成兄弟が隅田川で漁労に精を出していましたが、その日に限り一匹の漁もなく網にかかるのはただ人型の像だけでした。
幾たびか像を水中に投げ捨て、何度場所を変えて網を打ってもかかるのは不思議と人型の像だけなので、最後には兄弟も不思議に思い、その尊像を捧持して今の駒形から上陸し、槐(えんじゅ)の切り株に安置しました。
そして、当時、郷土の文化人であった土師真中知にこの日の出来事を語り、一見を請うたところ・・・。
今もなお、「三社さま」として親しまれている浅草神社ですが、元来三人の神様をお祀りしたことからそのようによばれています。
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2010年03月01日
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東京都 江北氷川神社(足立区江北)
■江北氷川神社
江北氷川神社一帯は、『足立姫伝説』(聖武天皇の御代・今から約千三百年前)発祥の地としても知られ、江戸時代には「六阿弥陀詣」の参詣者でたいへんにぎわいを見せた地域であります。
現存する手水鉢(庚申塔も兼ねている大変珍しいものです)には、今から約三百年前、元禄十二年(一六九九年)に下・上沼田両村の氏子中によって奉納されたものであるという刻印があり、当時より地域の篤い崇敬を受けていた事が窺えます。
当神社は、明治初年村社に昇格し、同時に・・・。
大正天皇后(貞明皇后)が崩御(ほうぎょ)あそばされました時に、宮中より皇后さまゆかりの羽二重を下賜(かし)いただきました。当神社では、後世にまでその御遺徳を偲びまつり名誉を伝えるために、社号額として永久に保存しております。
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2010年03月01日
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東京都 十番稲荷神社(港区麻布)
■十番稲荷神社
十番稲荷神社(じゅうばんいなりじんじゃ)は、もと末広神社(旧坂下町鎮座)および竹長稲荷神社(旧永坂町鎮座)です。両神社は、昭和20年4月15日に戦災に遭い焼失、昭和25年6月復興土地区画整理により、両社境内地を現在地に換地、隣接指定されました。その後両社は合併して社名を十番稲荷神社と改称し、平成9年3月29日、現社殿に建て替えられました。
<末広神社>(すえひろじんじゃ)
慶長年間(1596~1615年)に創建され、元禄4年(1691年)には坂下東方雑式に鎮座していましたが、同6年永井伊賀守道敏が寺社奉行の時・・・。
<竹長稲荷神社>(たけちょういなりじんじゃ)
創建は定かではありませんが、一説には和銅5年(712年)とも、弘仁13年(822年)に慈覚大師の八咫の神鏡を以て武蔵国豊島群竹千代丘(今の鳥居坂上)へ・・・。
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2010年03月01日
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東京都 愛宕神社(港区愛宕)
■愛宕神社
愛宕神社は慶長8年(1603年)、徳川家康の命により江戸の防火の神様として祀られました。
主祭神は火産霊命(ほむすびのみこと)です。
ほかに罔象女命(みずはのめのみこと・水の神)大山祇命(おおやまづみのみこと・山の神)日本武尊(やまとたけるのみこと・武徳の神)を正面社殿に祭ってあります。
境内には末社として太郎坊社(猿田彦—->天狗さん) 福寿稲荷社 、大黒天社 、弁天社 があります。
また、徳川家康が信仰し、天下とりの祈願をかけた勝軍地蔵菩薩(行基作) 巳年・辰年の守り本尊の普賢大菩薩をお祀りしています。
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2010年03月01日
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東京都 芝大神宮 (港区芝大門)
■芝大神宮
芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。
古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては、源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭はにぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を戴きました。その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができます。
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2010年03月01日
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東京都 豊川稲荷
豊川稲荷東京別院の職員さまが個人的に作成したサイトです。
■豊川稲荷
昔、順徳天皇第三皇子寒厳禅師が最初感得された稲穂を荷い、白狐に跨り給う端麗なお姿の豊川咤枳尼真天という霊験あらたかな仏法守護の善神です。
当別院は江戸時代、大岡越前守忠相公が信仰された由緒あるご尊像を、明治20年にもと赤坂一ツ木の大岡邸から現在地に奉還し、愛知県豊川閣の直轄の別院となり今日に至ったものです。
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2010年03月01日
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東京都 日枝神社
日枝神社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、さらに文明十年(1478)太田道灌公が江戸の地を相して築城するにあたり、鎮護の神として川越山王社を勧請し、神威赫赫として江戸の町の繁栄の礎を築きました。
やがて天正十八年(1590)徳川家康公が江戸に移封され、江戸城を居城とするに至って「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、又江戸市民からは「江戸郷の総氏神」「江戸の産神」として崇敬されました。
二代秀忠の時の江戸城大改造の際、城内紅葉山より新たに社地を江戸城外に定め、社殿を新築して遷祀されました。
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2009年11月09日
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東京都 総鎮守 神田明神
江戸時代より「明神様」と呼ばれ、縁結びの神様として親しまれてきた江戸の総鎮守・神田明神。
緑に包まれた艶やかな朱塗りの社殿で、糸が張ったような静寂のなか、和の心溢れる美しい挙式をお挙げください。
その光景は、新郎新婦様はもちろん、ご列席されるすべての方に大きな感動を呼ぶことでしょう・・・。
朱塗りの社殿が、おふたりをお迎えする神前式。
厳粛で壮麗なひとときが、やさしくふたりを包みます。
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2009年11月09日
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