2010年10月の記事一覧

2011年 3月11日(金)に発生いたしました
東日本大震災において被災された皆さまに
心よりお見舞いを申し上げますと共に、
一刻も早い復旧、ご復興をお祈りいたします。

藤原紀香や沢尻エリカの神社挙式(神前結婚式)
一般の方にも身近になりました。
両親や祖父祖母さんもとてもお喜びになりますよ。
このサイトではそういうカップルをもっともっと増やすために
少しでもご協力できればと思っております。

深川神明宮 (東京都 江東区)

今からおよそ四百年の昔、現在の深川一帯は葦の生い茂る三角州で、住む人もまだいませんでした。その頃、深川八郎右衛門(摂津の人と伝えられる)が一族を引き連れてこの地に移り住み、土地の開拓に着手しました。

八郎右衛門は神さまを敬う心が篤く、屋敷のうちに小さな祠を建て、日頃から崇敬する伊勢神宮の大神さまのご分霊をお祀りし、開拓民の幸せと、深川の地の発展を祈念しました。

これが、深川神明宮の起源です。そして深川の地の発展とともに、八郎右衛門の屋敷の小さな祠も、いつしか深川総鎮守神明宮と称せられ、多くの崇敬を集めるようになり、今日に至りました。

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大神神社(おおみわじんじゃ)(奈良県 桜井市)

ご祭神   大物主大神(おおものぬしのおおかみ)

大神神社(おおみわじんじゃ)は、国のまほろばと称えられる大和の東南に位置する円錐形の秀麗な山、三輪山を御神体として、大物主神を祀る。

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亀戸天神社 (東京都 江東区)

菅原道真公をお祀りする当社は下町の天神さまとして広く知れわたり、多くの方々に親しまれております。
古くはご本社にあたります九州太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」と称されておりましたが、明治6年に東京府社となってより亀戸神社と号し、昭和11年に現在の亀戸天神社と正称いたしました。

・・・そして、寛文二年(1662)10月25日に太宰府の社にならい、社殿、回廊、心字池、太鼓橋などを営み、以来約350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてまいりました。

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相模国総社 六所神社 (神奈川県 大磯町)

第十代崇神天皇の頃、出雲地方よりこの地に氏族が移住せられ、この地を『柳田郷』と名付け、氏族の祖神たる櫛稲田姫命を守護神とし『柳田大神』と称しました、御創建は崇神天皇甲申の歳と伝えられております。

大化改新後、奉遷歴勅を以て相模国八郡神祇の中心たる、相模国の総社として現鎮座地に遷座いたしました。

・・・六所領五十石(相模国では2番目の大きさ)寄進の御朱印状をよせ、以後歴代の徳川将軍も同様に五十石を寄進し明治に至っております。

尚、現在の御本殿と社殿を支える石垣は、戦国大名北条家造営のものです。(西暦1500年代前半)

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水戸八幡宮  (茨城県 水戸市)

常陸太田の城主佐竹義宣公は天正18年(1590)に水戸城主であった江戸氏を滅ぼし、翌19年に水戸城主となった。義宣公は翌年の文禄元年(1592)氏神として崇敬していた常陸太田鎮座の馬場八幡宮より、八幡大神を水戸城西八幡小路(現在北見町)に奉斎し、慶長3年(1598)に現御本殿(国指定重要文化財)を建立、水府総鎮守として鎮斎した。

・・・以来、水戸藩主代々の崇敬社で農・工・商の神また厄除・子育て・戌亥年生まれの守護神として信仰される。

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茨城県ひたちなか市・水戸市近辺の神社(水戸常神社・水戸八幡宮・茨城県護国神社・大洗磯前神社・酒列磯前神社)などで神前式を挙げて頂くプランです。もちろん上記以外の神社でも神社挙式プランは適用できます。

常陸國總社宮  (茨城県 石岡市)

創建年代不詳なれども、平安時代の末ごろには、普く全国の国府の地に鎮座せられたことは明らかである。

宮地直一博士の「総社に関する考察」という論文の一節に「語の性質はどこまでも普通名辞に属し、数々の神を一つ所に勧請して綜合奉斎する意味を之が限定的内容とする寺院に次て起って最も世間的に流布し且つ史上に大切なる関係を繋いだのが一国の総社である。

それに就いて確呼たる証左を欠くとはいえ王代の末頃には普く諸国に行亘り常陸一宮鹿島神宮と相並び地方の神社行政上の中心的位置にあったものと思われる。

・・・古来武将の崇敬篤く弘安の役における敵国降伏の祈願を始め永亨年間には太田道潅奥州下向の途次当社に参籠祈願をこめられ和歌一首を遺された。

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遥か出雲の国に鎮まります大国主大神は、いにしえより縁結びの神として広く知られ、常陸國總社宮にも、その御分霊が六柱の大神等として併せ祀られています。

 神代の昔からのむすびの大神の御神徳によって大神の御前で明るくすこやかな愛の御神縁を固く結び合い、新しい人生の門出を迎えるお二人の儀式を、心をこめてお手伝いいたします。

常磐神社  (茨城県 水戸市)

明治の初年、義公(第2代藩主徳川光圀公)・烈公(第9代藩主徳川斉昭公)の徳をしたう多くの人達によって偕楽園内に祠堂(しどう)が創立されました。

明治6年(1873)には、明治天皇の勅旨をもって『常磐神社(ときわじんじゃ)』の御社号を賜りました。同年、県社に列格しました。

明治7年(1874)現在地に社殿を造営し、5月12日遷座祭が行われ、この日を例祭と定めました。

同年、義公には「高譲味道根命(たかゆずるうましみちねのみこと)」烈公には「押健男国之御楯命(おしたけおくにのみたてのみこと)」の御神号が宣下されました。

明治15年(1882)別格官幣社に列格しました。

昭和20年(1945)戦災によって社殿以下ほとんどすべての建造物が焼失しました。

昭和33年(1958)全国の崇敬者からの浄財によって現在の社殿が完成しました。

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常磐神社のご神前で挙式される方々が増えています。

荘厳な神殿の中での古式ゆかしき神前式は「日本人のこころ」そのもの。

おふたりの新しい門出にふさわしく、厳粛かつ感動的に執り行います。

ご希望の日時は、お電話またはお越しになってお早めにご予約下さい。

筑波山神社  (茨城県 つくば市)

筑波山は、関東地方に人が住むようになったころから、信仰の対象として仰がれてきました。御山から受ける恵みの数々は、まさに神からの賜物でありました。その山容が二峰相並ぶため、自然に男女二柱の祖神が祀られました。

その後祖神は「いざなぎの神、いざなみの神」と日本神話で伝えることから、筑波の大神も「いざなぎ、いざなみ両神」として仰がれています。

・・・鬼門を護る神山として神領千五百石を献じました。幕末になって藤田小四郎等が尊王攘夷の兵を起した筑波山事件を経て明治維新となり、神仏が分離されて神社のみとなり、明治6年に県社となりました。

〒300-4352 茨城県つくば市筑波1番地
TEL:029-866-0502

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神代の昔、伊弉諾尊と伊弉冊尊の男女二神が、はじめて天浮橋にお姿を現され、筑波山に天下って、夫婦の契りを結ばれました。

永い時の流れを経た格式ある荘厳な拝殿。

この由緒正しい筑波山神社のご神前でお二人にとって一番大切な日をお迎えください。

茨城県護国神社  (茨城県 水戸市)

当護国神社は、我が国の永遠の平和と隆昌とを願いつつ、日本民族を守るため尊い生命を国のために捧げられた人々の御霊をお慰めしようとする、全県民の深い敬愛と尊崇の念が結集して、昭和16年11月水戸桜山の現在地に創建されました。

・・・こんにちのわが国の安泰と繁栄が、これら御祭神となられた方々の献身奉公によってもたらせられたことに思いをいたし、深くその御神徳を崇め末永くこのお社を護持していただきたいと念願するものであります。

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笠間稲荷神社  (茨城県 笠間市)

当社の御創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)と伝えられています。

その後幾星霜を経て、桜町天皇の御代、寛保3年(1743)には時の笠間城主井上正賢により社地社殿が拡張され、又延享4年(1747)牧野貞通が城主となるや先例により祈願所と定められ、境内地・祭器具等が寄進されました。以来歴代藩主の篤い尊崇を受けました。

 笠間稲荷神社は日本三大稲荷のひとつとして広く人々に親しまれ、霊験あらたかな御神徳を慕って多くの参拝者が全国より訪れています。

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結婚式は人生儀礼の一つで、家と家系を繋ぐ最も重要な儀式です。
神前結婚式の歴史は新しく、大正天皇が公に婚礼の儀を行ったのが始まりで、神社や民間で真似て広く伝承されたものです。

笠間稲荷神社の結婚式も昭和の頃に始まって以来今に続いております。式は鶴式と亀式の二種類があります。

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